ぶらり、大山 〜大山の不思議と素敵を語る〜 大山開山1300年祭 特別コラム

[第38回]星のふる里・奥日野の夏物語 ~心を育むやさしきふるさと~

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(写真1)中国山地の稜線「天体の植民地」

 

満天の星が輝く美しい地に魅せられ、文豪・井上靖氏は著書の中で中国山地の稜線・奥日野の旧福栄村(現日南町)を「天体の植民地」と表現しました。今でいうと、さしずめ「星のふる里」といったところでしょうか。第二次世界大戦末期、家族を疎開させた縁から、しばしば日南町を訪ね、氏の脳裏に深く焼き付けられた村の印象を、小説「通夜の客」、詩「高原」「野分」などに鮮やかに表しました。すさんだ時代の中でも、そこには心安らぐ"ふるさと"があったのでしょう。中でも夜空に輝く満天の星に心奪われ、そのやさしい光と福栄の村人のやさしさを重ね、どこにもない最上級の言葉であらわしたかっただろうと思います。「天体の植民地」・・・時代背景を想像しながら噛みしめてみると、その表現のへの強い想いを深く感じることができます。

 

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 (写真2)井上靖記念館 野分の館

 

福栄村を見下ろす峠に「井上靖記念館 野分の館」が建っています。さりげないけど、六角形の瀟洒(しょうしゃ)な建物は凛としており、まるでオーラを発しているようで、ググっと心を惹かれてしまいます。やさしきふるさと、ここにあり。

 

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 (写真3)野分の館に展示の原稿や本

 

ちなみに、井上靖氏は"ふるさと"に最もふさわしい漢字は論語にもある"父母国"としています。野分の館に隣接して設置された詩碑の結びに、次のように記されています。"ああ、ふるさとの山河よ、ちちははの国の雲よ、風よ。"

 

偶然ですが、同時代(戦争末期、戦後)に隣村・旧石見村(現日南町)の永福寺に逗留し、「天体の植民地」の風景や村人~やさしきふるさと~に強く影響を受けた顕学がいました。後に世界を代表する理論経済学者になった宇沢弘文氏です。米子市出身で2014年に86歳で亡くなりました。心の経済学者とも評される宇沢氏は、全ての人々が豊かに暮らせる社会を構築するため、「社会的共通資本」という21世紀に目指すべき新しい社会の仕組みを唱え、ノーベル経済学賞の有力候補とも言われてきました。

 

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 (写真4)永福寺

 

この新しい概念は単なる「社会資本」を超えた意味合いを持ち、森林・大気などの「自然環境」も重要な社会共通の資本と位置付け、世界の環境政策、経済政策などに大きな影響を与えてきました。そんな新概念が創りだされた背景はどこにあるのだろうと、源流を探っていくと、そのひとつは宇沢氏の石見村、永福寺での体験にたどり着くことができます。東京帝大の学生時代、疎開を兼ね、夏休みに繰り返し永福寺に滞在されたということですが、寺の住職や村の人々との交流、そして緑豊かな森や満天の星、真白な雲や透明な風・・・美しい風土の数々は、きっと感受性豊かな当時の宇沢氏の心を育んだに違いありません。

 

宇沢氏の概念は、現在の国連の重要目標・SDGs(Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)につながるものとして、近ごろ各方面から再評価されるようになりました。嬉しい限りです。そのSDGsの2030年に向けたアジェンダ(政策課題)の中には、次のような一文があります。
「我々は、貧困を終わらせることに成功する最初の世代になり得る。同様に、地球を救う機会を持つ最後の世代になるかも知れない。」
宇沢氏の概念が下敷きになったような宣言です。だとすると、SDGsの原点、源流のひとつはまさに当地の母なる川・日野川の源流部である天体の植民地・奥日野に違いありません。

 

7月初め、期せずして嬉しい情報が届きました。それは、日南町が智頭町とともに、鳥取県内の自治体として初めて、国の『SDGs未来都市』に選定されたということ。環境や住みやすさに配慮したまちづくりが評価されたということで、この輪廻に不思議な縁を感じてしまいますね。

【内閣府ホームページ】https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kankyo/teian/2019sdgs_pdf/sdgsfuturecitypress0701.pdf


ちなみに、前々回(第36回)にご紹介したインドの仏教最高指導者・佐々井秀嶺(ささい しゅうれい)さんの出身地は、県境をはさんで日南町と隣り合う岡山県新見市(旧菅生村)です。現在83歳の佐々井氏も同時代に同様な環境の中で育ったことが原点となり、インドの大地で多くの人の希望の道を切り開いてこられました。それぞれ分野はちがいますが、根っこは同じなのかもしれない。そんな印象がしてきます。
【第36回ブログ】 http://www.daisen1300.org/column/column_list/s771/


中国山地の稜線に位置する「天体の植民地」「やさしきふるさと」は、この先も"ちちははの国"として大切にすることはもちろん、未来に向けて世界をリードする地域になっていくことを応援したいと思います。

                                                                                   
                                     (BUNAX) 

 

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