ぶらり、大山 〜大山の不思議と素敵を語る〜 大山開山1300年祭 特別コラム

[第15回:上田まりえさんスペシャル寄稿]

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上田 まりえ

出身地/鳥取県境港市
生年月日/1986年9月29日、血液型/A型
趣味/スポーツ観戦、トレーニング、ピッチング練習、何かを作ること
特技/ひとり行動、野球のスコアづけ、資格/剣道初段、漢字検定2級、アスリートフードマイスター3級

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息をすること。
ごはんを食べること。
歯を磨くこと。

それと同じくらい大山があることは当たり前のことで、特別だと感じたことがないほど、私たちの日常に根付いている山である。

高い障害物がないので、大山が見えないポイントを探す方が難しい。
見えないのは、天気が悪い日。
大山の頂上が雲で隠れると「雨が降るかもなぁ」とふと思う。
毎日の天気だけではなく、季節の移ろいを真っ先に感じ取ることができる。
冬の訪れは大山が教えてくれる。
頂上がうっすら白くなり始めると、本格的な雪支度を始める合図だ。
テレビの天気予報ももちろん見るけれど、大山は天気や四季を教えてくれた。

家族や友達とのいろんな思い出が色鮮やかに詰まっている場所でもある。
家族でスキーに行くのが、我が家の冬の定番。
乗るリフトを間違えて、上級コースに上ってしまったことがある。
小学生の私にとっては直角なんじゃないかと感じてしまうくらいの急斜面で、もうこの場から永遠に降りられないのではないかと絶望的な気持ちになった。
結局父が助けに来てくれて、半べそをかきながらお尻で滑って下りた。
手袋は片方なくしたけれど。
小学5年生と中学2年生の2回、学校行事で大山に登った。
小学生の時よりも、中学生の時の方が苦しく感じた記憶がある。
登り切った瞬間、1,711m(※)の高さから見える弓ヶ浜半島に、幼いながらも胸が震えた

また、学校給食の牛乳は大山乳業のものなので、私の体は大山に育てられたといっても過言ではない。

高校卒業後、18才の春に上京した。
山がないこと、そして、高層ビルがあることが当たり前に変わった。
「大山」を「だいせん」と読むことが当たり前ではないと知った。
盆も正月もないような仕事に就いたため、学生時代よりも帰省する頻度がガクッと下がり、1、2年帰れないことはざらにあった。

数年ぶりの帰省でようやく気付いた。
大山は特別なものだった。
その特別が当たり前にあることに、この地で生まれ育ったことの意味を感じた。

きっとみなさまも「開山1300年祭」を機に、特別な時間とともに当たり前の尊さを実感したのではないでしょうか。
特別に敬意を。
当たり前に感謝を。
100年後も、1000年後も、10000年後も、大山がそんな存在でありますように。

(※)弥山頂上。現在は1,709m。

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